したことは繰り返される

したことは繰り返される



裏庭のつげの葉が明るくなってきました。

これからは新緑の季節ですね。

目にしみるような明るい葉が楽しみです。

さて、我々人間が一番してはいけないのは「殺生」であります。

しかし、我々が生きていくためには何かの命を奪い続ける事になるのです。

その課題は永遠に消滅することはなく、一生つきまとうことになりますでしょう。

お釈迦様は「一切皆苦」とおっしゃられ、この世は苦に満ちているのです。

我々は食べ物でも何でもそうですが「安売りだ」と言うと、狂乱しそうしたものに飛びつきますが

反面では大変悲しんでいる世界もあるのです。

有名な詩人の金子みすゞさんの詩に

「朝焼小焼だ大漁だ大羽鰮(いわし)の大漁だ。

浜は祭りのようだけど海のなかでは何萬の鰮のとむらいするだろう。」

とありますように、人は狂乱し宴が始まりますが、同時にたくさんの命が積まれているのです。

新商品が出れば、今まで使っていたものをポイと、無慈悲に用済みですと捨てて

新しい物を手に入れ、また捨てるという繰り返しをするのです。

当然ですが、言葉はきついかもしれませんが、無慈悲にポイ捨てする人はポイ捨てされるのです。

ジャータカというお釈迦様の前世の修行時代のエピソードを書かれた物語にこんな話があります。

その昔バラモン(古代インドの僧侶)が「死者の為に羊を供よう」といい弟子に羊を捕らえさせてきました。

そして、捕らえられた羊が「今日でやっと終われるんだ」と大笑いしだし

笑い出したかと思ったら今度は「悲しい」と突然泣きだしたのです。

その理由は?とバラモンが尋ねると、「師匠の前で理由を言う」といい

師匠の前に羊を連れて行き、改めて師匠が理由を尋ねると

「バラモンよ、私は前世で、あなたと同じくバラモンでしたが、死者への供え物を捧げようとして

一頭の羊を殺したために、四百九十九の生涯において首を切られました。

そして今度が私にとって最後にあたる五百番目の生涯なのです。

 この苦しみから逃れられると思うと、喜びが生じ笑ったのです。

また、私を殺せば、あなたは前の私のように今後五百の生涯において首を切られる苦しみを

得ることになるだろうと思うと、あなた達が不憫で泣いたのです」

そうすると師匠が羊に対し「恐れることは無い、お前を殺すことはない」と言い

羊を開放させ、尚且つ弟子たちに保護させていました。

死を免れた羊は、岩のそばの草を食べていたら、雷がなり、その岩に落雷し

岩が割れ、落ちた破片が草を食べていた羊の首を切り落としたのです。

その出来事を目の当たりにしたバラモンの前に、樹の神の菩薩が現れ

「これらの生ける者たちは、このような悪事のもたらす結果を知るならば、おそらく生き物を殺すことはしなくなるであろう」

と、説法をして地獄に対する畏怖心をバラモンに伝えました。

 その後人々は地獄の恐ろしさにおびえ、生き物を殺すことをやめました。

かなり簡略してありますが、ざっとこんな感じです。

先ほど申しました様に、我々は何でもかんでも取っ替え引っ替え、ポイ捨てばかりで

時には命までポイ捨てです。

我々の為に調理された命を、何の感謝の念もなく、自身の腹を満たさんが為に頬張り

腹が満たされた途端、ポイと捨てる。

それは先ほどのバラモン同様、完全なる殺生です。

「いただきます」という感謝の念は「懴悔」から来ているのです。

つまり、我々は罪深い、申し訳ないという念です。

その念があれば、その行いがすべて解決するわけでは無いですが少なくとも

自身も命のサイクルの一員であると言う謙虚さが生まれ、感謝の念が生まれ

他人が許せそして、自身も他の為に生きていこうとなるのです。

そこで、慈しむ心が生まれてくるのです。

慈しむ心があれば、様々な物を仏様の目で見れて、命を育む事が出来るのです。

例えば、ある人から見たら不要なゴミでも、ある人から見たら、大金出しても買いたい物

かもしれません。

我々は身の回りのそうした命を育まそうとせず、気付かずその命を殺生しているのです。

気づかないという事は、罪の意識がありませんので一番の悪です。

そういう人に限って、私は善人であると吹聴する傾向は強いですが。

従って、時代のトレンディでなくなってしまっても、慈しみの心を持って

接して、命を育み活かす事が、大切になるのです。

その心が養わければ、知らず知らずのうちに、無慈悲な殺生を続け先ほどの羊の様に、

中々苦しみの輪廻からは解脱出来ないのです。

中古とかリサイクルショップって多いですが、これからもっともっと増えて欲しいですね。

簡単に捨てたり、壊したりする前に、ボロボロになる寿命が来るまで使い続け、

その命を無駄なくすることが大切です。

「したことはされる」因果応報なのです。

ですから、この世は苦で満ちているのだと、心に留め懴悔し

慈しみの心を持って接し、命を無駄にすることないよう心がけましょう。

そうすれば、互いに供養し合う豊かな世界が広がって行くのです。

スポンサーサイト
[ 2015/04/10 18:14 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)