結果は継続した行動から生まれる

結果は継続した行動から生まれる



シャクナゲが咲き出しました。

今週末には満開になるでしょうかね。

さてさて、何時の時代でも新しい物が生み出されるものです。

これは無常の世においては当然のことですね。

それによって、我々の便利になり生活も豊かになるのですが、

ただ、トレンディばかり目で追うと大事なことを忘れてしまうのも事実であります。

お釈迦様の前世の菩薩の時代の話でありますジャータカにこんな話があります。

その昔、ガンジス川沿いの岩場に一匹の狼がおりました。

ある日雪解けの水が大量に流れ込んできてしまし、狼のいる岩は水に取り囲まれてしまったのです。

それでは狼は餌を取りに行くことは出来ないので、「ジタバタしても仕方ないので川の水が引くまで

これを機に断食しようと」決めたのです。

そうすると自身を落ち着かせ、狼はひと息つきました。

しかし、すぐに頭のなかに獲物の事が浮かんできます。

狼はこのままではいけないと、必死に妄想を振り払いましたが

また数分すると、今度は目の前にまるまる太った羊がいるではないですか。

お腹の空いた狼はその羊に跳びかかりましたが、羊はひょいとかわし空の彼方へ消えてしまいました。

獲物を取り逃がした狼は「まぁこれで断食の行が破られずにすんだ」と心を取り直しました。

すると、どこからか声が聞こえてきました。

「先ほどの羊は私だ。其方(そなた)を試したのだ。成り行きで決めた決心など、

成り行きによってやめてしまう。そなたの決心などはそんなものだ。」

と羊が消えた空に帝釈天が現れたのです。

実はこの帝釈天はお釈迦様の前世であるのです。

まぁざっとしたお話させていただきましたが、意味は大体理解していただいと思いますが

先程申しましたように、我々はトレンディを追いかけ判断基準が「みんなやっているから」

「流行っているから」と自分でないことがあります。

これは言い換えれば「みんなやめたらやめる」「流行が過ぎればやめる」とも言えます。

ですが、物事の結果とは連続した行動の中でしか生まれません。

つまり、何事も継続出来ないければ意味ないのです。

物事が続かない理由に、やはり「動機」が一番大切になってきます。

動機が曖昧だったり、不純だったりするものは、継続は難しいでしょうね。

従って、何かを始める際に、「自分がやりたい」という事が最低限必要になるのです。

これから、如何に新しい物が出ようとも、今行っている事はすぐに止めて、流行を追うだけでは

流行に流されているだけなのです。

それでは、何にも実りません。

従って、「皆がやっている」「流行っている」という判断基準ではなく

「自分はどう思うか?」でなければ善いとか悪いとかではなく継続出来ずに無駄になりやすいのです。

自身を拠り所としましょう。

その為には法を拠り所としましょう。

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[ 2015/04/22 12:32 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)