毒も…

毒も…



彼岸花が咲き出しました。

気付けばもうすぐお彼岸ですね。

暑さ寒さも彼岸までと申しますように、今日は少し涼しかったですね。

という事は寒暖の差が激しい時期で、体調が崩しやすい時でもありますので

体調崩さない様にしてくださいね。

さて、この彼岸花ご存知の通り二つの顔を持っております。

彼岸花は別名「死人花」「地獄花」とも言い不吉な花とされますが、反対に

「曼珠沙華」とも言い仏典によると、慶事の前に天から紅い花が降るとされていて

天上の花とされ縁起のいい花ともされています。

また、彼岸花は非常に美しいですが、球根にはリコシンという毒成分があります。

しかし、こうした性質を活かして、田んぼ等の畦道に植えられて作物をモグラやネズミから

まもり、作物や畦道を保存する事に役立っているのです。

そして、美しい赤い花で秋を彩るのです。

また、球根は洗いすりつぶすことによって塗り薬として使われたそうです。

と言うように、この彼岸花は二面性を持っているのです。

それは、我々にも人間にも、世の中の全ての物に言える事ではないでしょうか?

この世に存在するもの全てに善と悪があり、混在しているのです。

従って、光だけ、善い所だけをむしり取ろうとする事は難しいのです。

何故なら全ては繋がっているからです。

ですから、前提として何事にも善い所と、悪い所はあるんだよという覚悟が無いといけませんね。

毒は薬になり、薬も時には毒になるのです。

この二面性がこの世の姿なんだよとこの彼岸に曼珠沙華がさとしてくれている様に思います。

…だったら「こいつは悪い」「あれはここがダメ」と影の部分ばかり引き出してないで

影も全て含んで前に進む事が大切なんではないでしょか?

「善い事があるから行う」ではとてもではないですが、続けれません。

この無常の世ではすぐに快楽は不快に変わるからです。

楽は苦でもあるのです。

従って、楽でも苦でもいいから、そんな事を飛び越えてそれがやりたいと思える

「方便」を今生で見つける事が大切になるのです。

それでなければ、自分の得する事を探し出し、すぐかじって、苦味が少しでも出てくれば

ぽいと捨てだすのです。

従って、苦の部分もあるんだと覚悟して行い、苦味もプラスに転換する事が大切なのです。

こうして秋の季節に田の畦道に彼岸花という風物詩は、自然に出来た物ではなく

彼岸花の特性を活かして、人為的に植えられた、人の智慧の結晶であるのです。

おまけにその様子は見事に美しいのです。

見た目だけ美しいのでもなく、利にもかなっているのです。

美しさだけを求めると、機能の部分が劣る。

機能だけを求めれば、見た目が劣る。

しかし、この相反する価値観を見事に融合する事によって、素晴らしい世界、物が存在するんですね。

この掛け合わせを、「不二の発想」と言います。

これから、お彼岸がやってまいります。

普段以上に仏道修行に励み、この善悪混在している世界(此岸)で、先程申しました

相反する価値観を掛け合わせて、善悪、矛盾のまま抱き合わせて、彼岸へ到達しましょう。

密教の教えは、そうした全ての物を詰め込めるロケットの様な物なのです。

こうした彼岸花の妖麗な美しさの秘密は毒があるからですね。

毒が無ければ彼岸花は無いのです。

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[ 2015/09/16 14:20 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)