お地蔵さんの頭に…。

お地蔵さんの頭に…。



お地蔵様の頭がなんか変だなと思ったら…



カエルが。

これはおそらくアマガエルだと思うのですが石の色に同化していて、一瞬分かりませんでした。

カエルは周りの環境によって、その色を変えるそうです。

周りが緑だったら、緑に、沼地だったら茶色っぽくなりその環境によって

鳥などの外敵の攻撃を避けるために、変化するのです。

…我々も、カエルの姿を見習わないといけませんね。

世の中は無常の風が吹き荒れていて、その変化に対応していかなければなりません。

生き残る者は強い者でもなく、変化できるものであります。

ただ、変化と言っても、全て変えてしまうのではなく、大切な事は残したまま変わりたいですね。

つまり、進化です。

進化と変化は違いますよね。

時代の変革の影響を受けて全然別の物に変わるのは進化ではなく変化です。

変化に対応する事は大切ですが、それに応じて全て変えてしまうのはある種

退化でしょう。

進化は、変化の波を受け入れて今の自分を前に進ませることを言うのです。

例えば、昔から続く伝統や風習は大切です。

しかし、それに固執してしまうと、変化の波に対応できません。

そして、それを何もかも捨ててしまえば、もうそれでお終いです。

従って、伝統や風習はもっと言うと今やっている事は「背負う」事が大切なのです。

…その昔(平安末期)、浄土教が広まり、人々は死後に成仏を願う念仏が流行りました。

しかし、仏教の本来の目的は今生での成仏であります。

ただ、その時代は飢饉や貴族から武士への時代へと変わる変革期であり

社会情勢は殺伐としたものでした。

そんな中、言葉と、行動と心を整える、成仏を大切にする真言宗の教えは

その当時の人々にはあまりにもハードルが高すぎて、受け入れられなかったのです。

そこで、真言宗の中興の祖の覚鑁上人が、その念仏の中にも真言宗の教えが隠されているはずだと

頭を巡らし、「真言念仏」を完成させたのです。

心静かに極楽浄土への往生を願うと、その人の心から極楽浄土が広がり

つまり心が穏やかになり、周りが浄土と化すのです。

念仏、つまり言葉だけでもまず整えようと心がければ、言葉、行動、心は全て繋がっているので

一遍ではないですが、後々整っていくというものです。

言葉と行動と心の三つを整えなければいけないという教えを、慈悲深い心を持って

ある種緩和し、時代に対応をした結果、弘法様の教えを次世代へ運ぶことが出来たのです。

つまり、覚鑁上人が背負って運ばれたのです。

もし、これが三密(言葉と行動と心を整える)が絶対だと、時代を無視し頑なに

しがみついたら、もうあっという間に時代の波に流されてしまっていたでしょうね。

反対に、真言はもう古い、念仏に切り替えると全てを捨ててしまっても同じくです。

…少し話が脱線しましたが、と言うように、この世界で生きている以上は時代の変化は

無視できませんが、だからと言って、すべて変えてしまうのではなく

大切な事を背負って、波に流されるのはなく、波に乗っていきましょう。

カエルは「カエル」でいる為に進化したのです。

これが、全然違う物に変化したら、カエルが絶滅してしまうのです。

我々の背負って守るべきは何でしょう?

そして、受け入れるべき物は何でしょう?

常に今来神と地主神が混在する日本。

そんな混沌の世を、豊かに穏やかに生きて行く為のカギは、どうあっても

密教の不二の発想が不可欠に思うのです。

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[ 2015/09/21 22:42 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)