まずは一つのことで風穴を…



今朝空が暗い厚い雲に覆われていたので、ひょっとしたら

雨が降るんではないかなぁと思いましたが、いい天気です。

それにしても厚い雲です。

…我々の心にもこうした、妄執(心の迷い)の雲が覆われているのでしょう。

当然そのままでは、せっかくの命を育む、仏様の慈悲の光を受信できることは

難しいですね。

そして、この厚い雲を払うには、修行しかありません。

しかし、修行(行い)と言ってもいろいろあるし、何をしたらいいのか?

これまた迷ってしまいます。

そして、その行いは継続させていかなければなりません。

ですから、迷わず「好きなこと」です。

好きなことを続けましょう。

密教には「一密成仏」という教えがあり、禅語にも「一行三昧」という言葉がありますが。

一つの事を集中して行い、厚い雲に風穴をあけるまで行います。

その穴から御仏の光が差しこみ、その光を受信することによって他の細胞も生きだし

結果として、三密(言葉、行動、心)が揃うというものです。

いきなり、「全部やれ」と言うのは、ハードルが高すぎますし、余程の器がなければなりません。

しかし、現実には、そんなことはほとんど無理な話ですので、まず一つのことで貫く事が

最善手となるのです。

でなければ、あれをやってもこれをやっても身につかず、手につかず、どの修行も中途半端で

談義や勉強ばかりに明け暮れて、物知りにはなるかもしれませんが

何かを悟るまでには至ることは無いでしょう。

悟らないから、本当の施しはできないのです。

だから、好きなことを一心に行い、分厚い妄執の雲に穴を開ける事です。

つまり、早く悟るということです。

いち早くです。

悟りから入ることが大切なのです。

そこからがある意味スタートでしょう。

だから、何もかも半端で、修行が成就しなければ、スタートラインに立てもせずに

生涯を終えることになるのです。

密教の価値観は、生まれる前は闇、死後の世界も闇なのです。

闇とはわからない、真っ暗なのです。

ということは光が当たるのは、この数十年という僅かな時間ということです。

ですから、好きなことでどんどん進むことです。

後は、それに足らないものを足していけばいいのです。(お金とか物とか)

ですから、お金や物の為に生きると、迷いやすいということは

そういうことなのです。

お釈迦様は苦行では悟れないと申されました。

しかし、この言葉をどう捉えるのか?

「苦行では悟れない」わけですが、修行が必要ではないという意味ではないのです。

じゃあ楽観主義だと、何もしないで、できないままでどのようにして悟れましょう。

ですから、自分の好きなことをする。

ましてや今や21世紀です。

情報や物は溢れんばかりあり、人工頭脳搭載された素晴らしい機械も身近になりました。

そんな中、こう言っては何ですが、人間のできることは減ってきているのです。

…だからこそ、悟ることです。

技術を身につけても、知識を付けても、それを活かすための「方便」に

気付かなければなりません。

それは、人工頭脳を搭載された素晴らしいメカに

も取って代わる事が出来ない唯一無二の価値なのです。

昨日も申しましたように、実力が合っても、テストを受けなければプロ野球選手にはなれないのです。

その力は、チームに入りチームを勝たせ、ファンを喜ばせることにあるのです。

仏の素質は誰にもあります。

しかし、素質は素質です。

光が差さなければ、発芽しませんし、時間も有限で数十年です。

ですから、いち早く悟るには、好きなことで、妄執の雲を貫くことです。

足りないものは後から補われるのです。

これが、興教大師様の教え、「一密成仏」なんだと思います。

停滞したり、迷ったら、一密の修行を志しましょう。

風穴開け光を取り込まなければ、何も始まりません。

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[ 2015/11/20 10:37 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)